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和歌山地方裁判所 平成8年(ワ)368号 判決

和歌山県〈以下省略〉

甲事件原告兼乙事件被告

(以下「原告」という。)

右訴訟代理人弁護士

市野勝司

名古屋市〈以下省略〉

合併前の株式会社a商店訴訟承継人

甲事件被告兼乙事件原告

(以下「被告会社」という。)

グローバリー株式会社

右代表者代表取締役

大阪府豊中市〈以下省略〉

甲事件被告(以下「被告Y1」という。)

Y1

右二名訴訟代理人弁護士

西村捷三

小林生也

櫻井美幸

奥田真与

右被告会社訴訟代理人弁護士

岡﨑孝勝

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  原告は、被告会社に対し、三四三万七五四七円及びこれに対する平成九年一月二二日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

四  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  甲事件

1  原告

(一) 被告らは、原告に対し、連帯して九四九万七三一八円及びこれに対する平成八年八月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は被告らの負担とする。

(三) 仮執行宣言

2  被告ら

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

二  乙事件

1  被告会社

(一) 原告は、被告会社に対し、三四三万七五四七円及びこれに対する平成九年一月二二日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

(三) 仮執行宣言

2  原告

(一) 被告会社の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は被告会社の負担とする。

第二事案の概要

一  事案の要旨

【甲事件】

原告は、商品先物取引の仲介等を業とする被告会社の営業担当者の勧誘により商品先物取引を行い損失を受けたところ、勧誘又は取引の際に営業担当者の義務違反により損害を被ったとして、営業担当者である被告Y1に対して不法行為による損害賠償請求権に基づき、被告会社に対して使用者責任による損害賠償請求権に基づき、被告らに対し、連帯して、未返還委託証拠金相当の損害八六三万三九二六円と弁護士費用八六万三三九二円の合計九四九万七三一八円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成八年八月二〇日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた。

これに対し、被告らは、原告主張の義務違反はないとして争っている。

【乙事件】

被告会社は、原告との間の商品先物取引委託契約に基づき、原告に対し、原告から委託された商品先物取引により原告に生じた損失三四三万七五四七円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成九年一月二二日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めた。

これに対して、原告は、右取引は被告らの前記不法行為によりなされたものであるから、原告に効力は及ばないとして争っている。

二  前提事実

以下の事実は、当事者間に争いがないか、証拠(甲一、二、六ないし一〇、八〇、乙一ないし七、九、二二ないし二五、原告・被告Y1各本人。以上の書証は枝番を含む。)及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実である。

1  原告(平成九年七月九日当時二八歳)は、b大学社会学部在学中に自ら進学塾を経営したり、同大学卒業後には放送局で記者をするなどの経歴を持ち、後記3の本件先物取引を開始するまでに、平成三年から四、五年にかけて、株の現物取引を行った経験があり、また、平成四年七月ころから約八か月間、久興商事株式会社(以下「久興商事」という。)に委託して、当時同会社に勤めていた被告Y1らを担当者として、別紙商品先物取引目録(1)記載のとおり、神戸ゴム取引所でゴムの商品先物取引を経験していた(同取引は最終的に損失を生じて終了した。)。

2  被告会社は、商品先物取引の仲介等を業とする株式会社であり、平成一一年一〇月二〇日、株式会社a商店を吸収合併し、同会社の権利義務一切を承継した(以下に「被告会社」というときは吸収合併前の株式会社a商店をも含む。)。

被告Y1は、従前、久興商事に勤めていたが、平成五年五月に被告会社に入社し、被告会社において原告の担当者となった。

3  原告は、被告会社との間で平成五年五月一一日に商品先物取引委託契約を締結し、右契約に基づき、別紙商品先物取引目録(2)記載のとおり、商品先物取引を行った(以下「本件先物取引」という。)。

4  原告は、右商品先物取引委託契約に基づく委託証拠金として、被告会社に対し、別紙証拠金目録記載のとおり、平成五年五月一一日から平成六年六月一〇日までの間に合計一三〇三万円を預託した。

5  原告は、右4のとおり被告会社に預託した金員のうち、被告会社から、別紙証拠金返還目録記載のとおり平成五年五月二〇日から平成六年二月一七日までの間に合計四三九万六〇七四円の返還を受けた。

6  原告は、被告会社及び被告Y1に対し、平成六年七月に至り、苦情を申し立てた。その骨子は、①平成六年六月当時の相場が悪化したため原告が仕切りを依頼したにもかかわらず、被告会社は一部建玉を維持し、損失を拡大させたこと、②被告会社は平成六年六月時点の売買を含め原告の指示なしに取引をしたこと、③被告会社は追加の証拠金がなくても建玉ができると原告に申し述べて、証拠金の範囲を超える建玉を勧誘し、実際に新規の建玉を実行し、しかもその一部を無断で行い、損失を生じさせたことであった。

7  本件先物取引は、平成六年七月二六日までにすべて終了し、同日、原告に三四三万七五四七円の損失が生じた。被告会社は、原告に対し、平成七年二月から平成八年四月にかけて再三にわたり、右損失を支払うよう求めた。

三  争点及びこれに関する当事者の主張

【甲事件】

1 被告Y1及び被告会社担当者の不法行為の成否

被告Y1及び被告会社担当者は、以下の不法行為を行ったか。

(一) 不適格者への勧誘

(原告の主張)

原告は先物取引の経験や資力に乏しいから、被告Y1が原告に被告会社と商品先物取引委託契約を締結するように勧誘した行為は、不適格者への勧誘として違法である。

(被告らの主張)

原告は、被告会社において本件先物取引を開始するまでに、久興商事において、少なくとも八か月以上の間、神戸ゴム取引所でゴムの商品先物取引を経験しており、商品先物取引の仕組みや危険性等について充分な知識と経験を有していたはずである。また、原告は、自ら進学塾を経営したり、放送局で記者をするなど、社会的にも高度に常識を要求される職業にあって、商品先物取引に対する充分な理解力を有していたものであって、商品先物取引の不適格者ではなかった。

(二) 断定的判断の提供、利益保証、投機性の説明欠如

(原告の主張)

被告Y1は、原告に対し、利益を生じることが確実であると誤解させる断定的判断を提供し、利益を保証するかの如き文言をことさらに度々用いて勧誘した。他方、商品先物取引の投機性、損失発生の蓋然性、相場の悪化に対する追加証拠金の発生による危険性等について説明を欠いたばかりか、ことさらにこれらを隠し、意図的に誤解を与える説明をして勧誘した。

(被告らの主張)

被告Y1ないし被告会社担当者が原告に対して断定的判断を提供したり利益保証をした事実はない。また、原告は、被告会社と本件先物取引を開始した時点では、久興商事における商品先物取引を通じて、委託証拠金とは何か、どのような場合に追加証拠金が必要となるか、証拠金を預託しなければ取引がどうなるかについては充分な説明を受け、充分に理解していたはずである。被告会社においても、委託証拠金を請求する場合には、必ず委託本証拠金と委託追加証拠金の区別や臨時増証拠金、定時増証拠金を説明して請求していた。

(三) 一任売買、無断売買

(原告の主張)

被告Y1及び被告会社担当者は、原告から、委託契約の有効期限や指し値等について何らの委託も受けないで無断売買を行った。

(被告らの主張)

本件先物取引は、すべて原告が自らの判断で注文し、これを受けて被告会社が執行したものであり、被告Y1又は被告会社担当者が原告から注文を受けることなく取引を行ったことはない。

(四) 途転、買い直し、売り直しの反復

(原告の主張)

被告Y1及び被告会社担当者は、原告の意思とは無関係に、被告会社の利益を図るため委託手数料稼ぎを目的として、途転(買玉を売って仕切った後、殆ど休む間もなく、売玉を新規建玉すること、または売玉を買い戻して仕切った後、殆ど休む間もなく、買玉を新規建玉すること)、買い直し及び売り直し(一旦買い又は売り仕切った商品につき再度売建玉又は買建玉をすること)を反復繰り返し、原告に取引をやめさせないようにした。

(被告らの主張)

本件先物取引は、右(三)の被告の主張のとおり、原告が主張する途転、売り直し、買い直しも含めて、すべて原告が自らの判断で注文し、これを受けて被告会社が執行したものである。原告が取引を行えば行うほど被告会社は手数料を得ることにはなるが、それは結果論にすぎず、被告会社が手数料稼ぎを目的として原告の意に反した売買を繰り返した事実は一切ない。

(五) 両建玉

(原告の主張)

両建とは、同一商品、同一限月について、売または買の新規建玉をした後(又は同時)に、対応する売買玉を手仕舞せずに両建することをいい、既存玉で発生した評価損を固定化するだけで、顧客にわざわざ相殺注文をさせていることになり、顧客自身には何のメリットもないにもかかわらず、被告Y1及び被告会社担当者は、原告の犠牲のもとに被告会社の利益を図るため、ことさらに両建を勧め、誘導した。

(被告らの主張)

原告が主張する両建も原告自身の判断に基づくものであることは、途転等に関する右(四)の被告らの主張と同じである。

(六) 無敷、薄敷

(原告の主張)

被告Y1及び被告会社担当者は、原告が委託証拠金を渡していないのに、既に注文を通したとか、注文しておいたと述べて、原告から無理矢理証拠金を出させるとともに、必要な委託追加証拠金の預託を原告に求めることなく、逆に建玉の維持、新規建玉のため、あえて無敷(必要とされる委託証拠金を預からないで取引の委託を受けること)、薄敷(必要とされる委託証拠金に満たない証拠金で取引の委託を受けること)等の違反行為を奨励した。

(被告らの主張)

被告Y1又は被告会社担当者が無敷、薄敷を奨励した事実はない。被告会社としては、原告に対して追加証拠金の全額を請求していたのであり、原告の都合で入金が遅れていたにすぎない。

(七) 不当な増建玉

(原告の主張)

被告Y1及び被告会社担当者は、原告が追加証拠金に追われながら、ようやく必要金額に満たない一部追加証拠金を入金するや、直ちに新規建玉の本証拠金にしてしまい、その追加証拠金のぎりぎり一杯まで新規建玉を立て続けた。

(被告らの主張)

原告の右主張は争う。

(八) 仕切り、解約の拒否

(原告の主張)

被告Y1は、平成五年九月一七日ころ、平成六年四月五日ころ、平成六年四月二一日ころ、平成六年六月六日ころなど度々原告が仕切りを指示したにもかかわらず、前記(五)のとおり両建を勧誘するなどして原告の仕切り指示を拒否した。

(被告らの主張)

原告の右主張は争う。

2 被告会社は使用者責任を負うか。

(原告の主張)

被告Y1及び被告会社担当者は、被告会社の従業員として、被告会社の事業の執行について右1の不法行為を行ったから、被告会社は右不法行為につき使用者責任を負う。

(被告らの主張)

原告の右主張中、被告Y1が被告会社の従業員であることは認めるが、その余は争う。

3 原告が被った損害はいくらか。

(原告の主張)

(一) 未返還委託証拠金 八六三万三九二六円

前記した被告Y1又は被告会社担当者の一連の不法行為により、原告は、被告会社に対して、合計一三〇三万円の委託証拠金を預託したものの、合計四三九万六〇七四円の返還を受けたのみであるから、その差額相当の八六三万三九二六円の損害を被った。

(二) 弁護士費用 八六万三三九二円

(三) 合計 九四九万七三一八円

(被告らの主張)

原告の右主張は争う。

【乙事件】

本件先物取引の効力は原告に及ばないか。

(原告の主張)

本件先物取引は、被告Y1及び被告会社担当者の前記不法行為によりなされたものであるから、原告にその効力は及ばない。

(被告会社の主張)

原告の右主張は争う。

第三争点に対する判断

一  甲事件

1  争点1について

(一) 判断の基礎となる事実

証拠(甲六、七、一二ないし一四、六二、乙一、二〇、原告・被告Y1各本人。以上の書証は枝番を含む。)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1) 原告は、久興商事との間で先物取引を行うに際し、委託証拠金として合計一六〇万円を預託したが、右取引は損失が生じ、返還を受けられたのはうち三二万五九五六円であった。原告は、右取引中に、両建も経験した。

(2) 被告Y1は、久興商事において、平成四年八月ころ、前任者から引き継いで原告との取引を担当するようになり、その際改めて先物取引の仕組みや危険性について説明することはなかったが、被告会社の従業員として原告との取引を始めるにあたり、商品先物取引委託のガイド(甲六二)及び受託契約準則(甲一二)を原告に交付した(乙一、原告・被告Y1各本人)。右商品先物取引委託のガイド(甲六二)には、先物取引は、利益や元金が保証されているものではなく、多額の利益となることもあるが逆に預託した証拠金以上の多額の損失の危険性もあることなど先物取引の危険性が記載された上、先物取引の仕組みや関係書類等の説明に加えて、取引に疑問や納得がいかない点があれば、委託した商品取引員の本店又は営業所の責任者に申し出るように記載されていた。

原告は、同様のパンフレット類を久興商事との取引の際にも受領しており、先物取引を行っていた間に、被告Y1から交付された書類に目を通していた(原告本人)。

(3) 被告会社は、原告との取引を行っていた間、注文が成立した都度、売買の内容、損益金、返還可能額等を記載した売買報告書及び売買計算書(甲六)を、毎月、建玉の状況や証拠金の内訳等が記載された残高照合通知書(甲七)をそれぞれ送付しており、右残高照合通知書には、同封の回答用の葉書(乙二〇)によって残高照合通知書の記載内容の額及び返還可能額の取扱いについて指示を願う旨が記載されていた。また、被告Y1は、先物取引を行う都度原告に連絡をとっていた(甲一三、甲一四)

(二) 争点1(一)(不適格者への勧誘)について

原告は、自己が先物取引を勧誘されるのに不適格者であると主張する。しかしながら、前記のとおり認められる原告の経歴、株式の現物取引に関する経験、商品先物取引に関する経験及び原告が本件先物取引に投入した自己資金は前記のとおり多額に及んでいることなどに照らすと、原告は、先物取引の仕組みやその危険性について理解しており、資力も有していたものと推認することができる。そうとすると、原告が本件先物取引を行う適格を有していなかったということはできないから、原告の右主張は採用の限りでない。

(三) 争点1(二)(断定的判断の提供、利益保証、投機性の説明欠如)について

原告は、被告Y1らから断定的判断及び利益保証を受けた、あるいは投機性の説明を受けなかったと主張し、原告本人の供述中には右主張に沿う部分がある。しかしながら、原告は、前記(二)(3)の事実からすると、本件先物取引による損益を把握していたものと認められるところ、原告本人の右供述によると、原告は、断定的判断又は利益保証を受けながら、その後多額の損失を被ったこととなるから、原告としては、被告会社に対して異議を申し立てたり、被告会社との取引を解消したりするのが通常と考えられるのに、前記認定のとおり、平成六年七月まで異議を申し立てることもなく取引を継続していたのであるから、この点に関する原告本人の右供述部分は直ちに信用することはできない。他に、原告の右主張を認めるに足りる証拠はない。

よって、原告の右主張事実は、これを認めることができない。

(四) 争点1(三)(一任売買、無断売買)について

原告は、被告Y1及び被告会社担当者は、原告から委託契約の有効期限や指し値等について何らの委託も受けないで無断売買を行ったと主張し、原告本人の供述中には右主張に沿う部分がある。しかしながら、原告本人は、「被告Y1は、平成五年五月二四日ころから、原告の意見を聞き入れずに取引を行い、原告から売買について指示を仰ぐようにいわれたにもかかわらず、同年六月一八日ころからは事後報告を行うだけになって、原告から文句を言われても謝るどころか開き直る状態であった。」と供述しているところ、原告は、本件取引を止めることなく、これを継続し、被告会社に対して何ら異議を述べることなく相当な委託証拠金(平成五年五月二四日以降の預託金額は一一三五万円、同年六月一八日以降の預託金額は一〇七五万円)を預けていた(甲一三、原告本人)のであって、このことは原告本人の右供述と矛盾する。その上、原告本人は、反対尋問において、「だんだんと取引の額が大きくなってきて、実際にはこれを仕切ったらこれだけのお金が必要なんだという話をずっとされて、だけれども維持するのであればこれだけの金額で済むというような説明を受けていましたので、まあずるずると自分の中でも続けてしまった」、「全部仕切ったとすれば今だいぶん大きなお金を入れてもらわなあかんから、今少しだけ入れておいてもらったらいいという説明を受けてましたから、その大きな金額というのは払える余裕が私にはありませんでしたから、その小さな金額を言われるままに払っていた」と述べており、被告Y1から説明を受け、消極的ながらも自己の意思で取引を続けた旨供述しているところである。以上からして、原告本人の右供述部分はにわかに信用し難い。他に、原告の右主張を認めるに足りる証拠はない。

かえって、被告Y1本人の供述によれば、原告は被告Y1を介して被告会社に本件先物取引を委託したものと認めることができる。

よって、原告の右主張はこれを認めることができない。

(五) 争点1(四)(途転、買い直し、売り直しの反復)について

本件先物取引(別紙商品先物取引目録(2))を通じてみると、しばしば途転、買い直し、売り直しが行われていることが認められる。そして、原告は、途転、売り直し、買い直しが反復して行われると、やがて追加証拠金が必要になったり、預託金の全部又は大部分が委託手数料に費やされるなどの事態に陥ることは必至であるとの理由から、それらが合理性のない取引であるということを前提に、原告自身が自らの自由な判断によってそれらの取引を行うことはあり得ず、被告Y1及び被告会社担当者が、原告の意思とは無関係に、被告会社の利益を図るため委託手数料稼ぎを目的として行ったものであると主張する。

しかしながら、原告の右主張は、取引全体を通じた一定の相場観の下に行われることが暗黙の前提となっているけれども、個々の時点における判断という視点からみると、商品先物取引を行う者は、当該時点までに得られた情報等に基づいて形成された自己の相場観に従って、いかなる取引を行うかあるいは行わないかの判断をするのであるから、以前の判断と矛盾した取引を行うことはあり得るものと考えられる。そして、前記認定のとおり、原告は商品先物取引を行うにつき適格性を欠く者ではないこと、本件先物取引を通じて原告の意思により取引が行われたことも併せれば、特段の事情のない限り、被告Y1又は被告会社担当者が、原告の意思とは無関係に、被告会社の利益を図るため委託手数料稼ぎを目的として行ったものとまで認めることはできないというべきところ、右にいう特段の事情について主張・立証のない本件においては、原告の右主張は採用することができない。

(六) 争点1(五)(両建玉)について

本件先物取引を通じてみると、しばしば両建が行われていることが認められる。そして、原告は、両建が合理性のない取引であることを前提に、原告自身が自らの自由な判断によって両建を行うことはあり得ず、被告Y1及び被告会社が、原告の犠牲のもとに被告会社の利益を図るため、ことさらに両建を勧め、誘導したものであると主張する。

しかしながら、原告本人の供述によれば、原告は、遅くとも久興商事の時の取引を通じて、両建の際には売建及び買建の双方について売買の都度手数料が必要であることを認識していたことが認められ、これに加えて前記認定のとおり、原告は、久興商事における取引の際に両建を経験しており、被告会社において本件先物取引を行っていた時には、両建についてある程度の知識を有していたと推認されること、原告は商品先物取引を行うにつき適格性を欠く者ではなく、本件先物取引を通じて原告の意思により取引が行われたことを併せれば、原告は自らの意思に基づいて両建を行ったものと推認され、したがって、被告Y1が行った勧誘等と原告が被った損害との間に相当因果関係は認められない。

よって、原告の右主張はこれを認めることができない。

(七) 争点1(六)(無敷、薄敷)について

原告は、被告Y1又は被告会社担当者が、建玉の維持、新規建玉のため、あえて違法行為である無敷、薄敷を奨励し、原告に損害を与えたと主張し、原告本人の供述中には右主張に沿う部分があるが、同供述部分は、これと反対の内容を述べる被告Y1の供述等に照らし、直ちに措信することはできない。その他、被告Y1又は被告会社担当者が無敷、薄敷を奨励したと認めるに足りる的確な証拠はない。

また、仮に被告Y1又は被告会社担当者が無敷、薄敷を奨励していたとしても、前記認定のとおり、取引の適格性を有する原告が自己の意思に基づいて本件先物取引を行った以上、被告Y1又は被告会社担当者の無敷、薄敷と原告が被った損害との間に相当因果関係は認められない。

よって、原告の右主張は認めることができない。

(八) 争点1(七)(不当な増建玉)について

原告は、委託者である原告が追加証拠金として被告会社に預託した金員を新規建玉の証拠金として新規建玉を建てたと主張し、原告本人の供述中には右主張に沿う部分があるが、前記認定のとおり、本件先物取引が原告の意思に基づいて行われたものであること及び原告の右供述内容を否定する被告Y1本人の供述との対比によれば、原告本人の右供述部分は信用することができない。他に原告の右主張を認めるに足りる的確な証拠はない。

よって、原告の右主張はこれを認めることができない。

(九) 争点1(八)(仕切り、解約の拒否)について

原告は、原告が何度か仕切りを指示したにもかかわらず、被告Y1はこれを拒否したと主張し、原告本人の供述中には右主張に沿う部分がある。しかし、証拠(原告・被告Y1各本人)によれば、原告は、平成六年六月末ないし同年七月初めの時点については、仕切りを依頼したことがないことが認められるところ、そうであれば、それまでに何度も仕切りを指示したということと合致しているとはいえないことや、原告本人の右供述部分と反対の内容を述べる被告Y1本人の供述等に照らし、右供述部分は直ちに信用することはできない。その他、被告Y1が原告の仕切り指示を拒否したと認めるに足りる的確な証拠はない。

よって、原告の右主張もこれを認めることができない。

2  まとめ

以上によれば、原告の本件請求は、その余の争点を判断するまでもなく理由がない。

二  乙事件

原告は、被告Y1ないし被告会社担当者に前記不法行為が成立するから、本件先物取引の効力は原告に及ばないと主張するが、前記不法行為が成立することを認めることができないから、原告の右主張は失当である。

以上によれば、本件先物取引の効力は原告に及ぶといわなければならないから、原告は、被告会社に対し、本件先物取引によって生じた前記損失三四三万七五四七円とこれに対する訴状送達の日の翌日であることが本件記録上明らかな平成九年一月二二日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるといわなければならない。したがって、右義務の履行を求める被告会社の本件請求は理由がある。

三  結論

よって、原告の本件請求は理由がないから棄却し、被告会社の本件請求は理由があるから認容することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 礒尾正 裁判官 間史恵 裁判官 田中幸大)

〈以下省略〉

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